
ChatGPTに代表される生成AIが注目される中、病院検査室の日常実務の効率化に活用する動きが出始めている。香川労災病院(香川県丸亀市、404床)の中央検査部では昨年から、病理診断報告書の既読管理や、学術文献や論文情報の要約で活用し始めており、多忙な日常業務の効率化ツールとして定着しつつある。今後も定型業務を中心に、生成AIのさらなる活用場面を広げる取り組みを探っていく考えだ。

香川労災病院が生成AIを取り入れたのはChatGPT3.5の公開から間もない2023年4月ごろ。きっかけの一つになったのは、医療安全の一環で行っている病理診断報告書の未読管理への対応策だ。各診療科の医師に確認してもらう未読チェックリストの作成は、中央検査部の主任検査技師が隔週で担っていたが、病理システムの各患者データから必要な情報だけをエクセルで整理し直す作業が煩雑だったという。
同病院中央検査部で生成AIを活用している宍戸優氏は、「病理システムのデータから抽出し、ソートやコピーを繰り返しての未読一覧の作成は現場にとって大きな負担だった。データ再整理という定型業務でもあり、面倒な作業を効率化できる方法はないかと考えていた」と振り返る。

未読チェックリストの作成は、ChatGPT4にエクセル上で自動的に統計処理するためのプログラミング言語「VBA(Visual Basic for Applications)」のコードを書いてもらう形で実施。プログラム趣旨や条件、運用等について、いわゆるプロンプトで明確に言語化して指示を出しながらエラー修正を重ね(図1・図2)、未読リストの自動作成システムを整えた。プログラムコードが出来れば、データを流し込めばエクセル処理された未読一覧が表示される流れだ。


一方で、中央検査部の臨床検査技師の多くはChatGPTに精通していないため、自動作成システムを使いこなす手順や注意事項を示した作業マニュアル(下図)もまとめた。マニュアルに基づく運用によって、慣れても30分はかかっていた未読リスト作成は今では5分程度まで短縮でき、現場の業務効率化が大きく進んだ状況にある。

◆論文要約、生成AIの入門に
日常業務をアップデートする学術文献や論文の要約などでも生成AIを役立てている。ChatGPTが持つ機能の「Paper Interpreter」に論文データのPDFを貼り付け、要約を指示するというシンプルな使い方で、細かいプロンプトは必要なく、海外論文を翻訳した上で要約できる。宍戸氏は、「英語論文の精読は1日以上必要だったが、要約であれば5分程度でまとめてくれる。読む時間が大幅短縮され、情報の大枠を迅速に把握できる」と説明。その上で、「要約や翻訳業務は、生成AIのメリットを感じやすい。まだ使っていない検査技師にとって入門的な意味でもぜひ、触れてみてほしい」と話す。
ChatGPTは検査機器管理簿に関連するルーチンワークでの活用も定着してきた。従来、数十台ある検査機器の保守管理標準作業書等の印刷はファイルを一つずつ開閉しながらの面倒な作業だったが、ChatGPTでVBAコードを整えて以降は、コード実行のみで作業時間が大幅に短縮されている。また、日常業務に関わる各種記録やファイル管理など、複数回同じ作業を繰り返す業務で、指定した形式に一括変換、印刷するなど業務効率も上げている。
◆AI結果への最終確認は不可欠
一方、生成AIの運用上の注意点に関する現場共有も徹底している。プロンプトに個人情報や機密情報は入れないことや、AIが導き出した結果への最終確認の必要性だ。現状では誤解釈や偏りといった可能性があり、ハルシネーションがあることを前提条件に考えなければならないため、検査技師によるファクトチェックを必ず求めている。宍戸氏は、「生成AIの可能性を最大限引き出すには、AI活用に関する操作方法や結果評価などの教育が不可欠。AIに不慣れな検査技師に手順やノウハウを理解してもらうことが重要になる」としている。
◆検査ビッグデータ解析で更なる活用も
同病院中央検査部では今後、生成AIの更なる活用を視野に入れた取り組みも検討している。過去の膨大な検査データをベースにした機械学習、深層学習で、異常値や臨床的に意味のあるパターンなどを自動検出するようなシステムづくりの構想もある。病理データや論文データをAIに整理させ、必要な情報を瞬時に検索できる仕組みも検討する。検査部門で業務効率化が実証できたノウハウは、他部門を含めた病院全体の業務効率化にも生かしたい考えだ。
宍戸氏は、生成AIについて、「検査現場の日常には多くの定型的な事務処理作業がある。生成AIを補助ツールとして活用することで、検査技師の業務時間は大幅に短縮され、より重要な業務に集中できる環境が整う」と説明。その上で、「生成AIは単なる効率化だけでなく、検査技師の働き方改革や医療の質向上にも貢献できる。医療技術の進歩で検査業務も増える中、面倒でつらい作業をAIに任せ、人間にしかできない専門的判断や質の高い業務に注力できる」としている。
◆技師の専門性と、AI技術の融合で「未来の検査室」
今後は、生成AIの急速な進化が見込まれることにも言及。検査現場でのAI活用について、「技術革新の進展に取り残されないよう“まずは試してみる”という姿勢が大事」と指摘する。臨床検査技師が持つ専門性と、定型業務へのAI技術を融合させる取り組みは、未来の検査室の在り方を探る機会になるとみている。
認知度高いが業務使用は低調
宍戸氏が昨年、過去の職場を含めた身近な臨床検査技師に協力してもらったアンケート調査(n=47人)では、「生成AI(ChatGPT、Gemini等)を知っていますか」という質問に、「はい」と答えたのが87.2%、「いいえ」が12.8%で9割近くが存在を認識していることが示された。
実際に生成AIを「使用したことはありますか」では、「はい」19.1%、「いいえ」80.9%と逆転し、さらに使用経験者に「業務での活用有無」を聞くと「はい」7.1%、「いいえ」92.9%という結果に。多くの臨床検査技師が生成AIの存在を認識している一方で、使ったことのある検査技師は少なく、業務での活用となるとさらに少ない実態が示される結果となった。
