〈第16回〉医療供給推計編
- kona36
- 4月7日
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神戸 翼(永生総合研究所 所長/臨床検査技師)
今回のキーワード
●臨床検査技師の供給
●地域要因と学校要因
●地域の臨床検査体制
医療における供給は医療機関やそこで働く医療従事者を指し、医療の仕組みのフロントラインと呼べます。今回はこの供給における医療従事者、特に臨床検査技師について考えてみたいと思います。
◆厚労科研では臨床検査技師13万人?
昨今、医療機関を取り巻く環境は大きく変化し、医療従事者もそれに伴った働き方改革としてタスクシフト・シェアという流れが始まっています。国が推進する施策には、一定レベルのエビデンスを持って取り組む必要があります。このエビデンスづくりのために行われているのが数多くの厚生労働科学研究ですが、医療専門職の将来需給バランス推計をテーマとする研究の中で、臨床検査技師の供給について触れられています。2021年度調査では、2053年には検査技師数はほぼ一定となり約13万人を超えるとされ、2023年からすれば約5万人増で、平均毎年1600人のペースで増えていく計算になります。この試算は性・年齢別免許取得者に、臨床での就業、死亡率、離職率、定年年齢の要素も盛り込まれており、比較的精緻に行われているものと推測されます。一方で、VUCA時代と言われる通り、非常に変化の激しい時代においてはこの通り進む可能性は大きくありません。
◆供給に影響を与える2大要因
こうして研究データを基に未来の検査技師数を考えると検査技師が増え続け、ますます臨床検査業界が盛り上がるイメージを持たれる方もいるかもしれません。しかしながら、そこには「地域」と「学校」という大きく2種類のリスク要因があり、さらにいくつかキーワードがあると考えられます。
まず、地域要因の1つ目は「年少人口の減少」です。国立社会保障・人口問題研究所の将来推計人口では、日本は東京ですら子どもが減り学生数が大きく減ることが予測されています。この変化は地方部ほど激しいことがすでに分かっており、大学等の高等教育機関の定員を埋めることが難しい時代が来ると言われています。地域要因の2つ目は「生産年齢人口の減少」です。これはいわゆる“働き世代”の動向で、年少人口同様に減少していきます。やはり地方部では深刻な減少傾向が認められ、業界をまたいでの人材確保の競争が予想されます。
3つ目は「養成校がない都道府県がある」ということです。そもそも検査技師を養成する機関がないということは、その地域で検査技師を生み出せない状態のため他の地域に頼るしかありません。そのような中で地方では自分たちの県を賄うだけで精いっぱいという状況が起きてしまうと完全に破綻してしまいます。最後の4つ目は「養成校が過剰な都道府県がある」ということです。これは3つ目とは逆の状況で良いことのように思いますが、注意すべきは卒業後に人が本当に欲しい地域へ流れるのかという問題です。他業種では、東京に集中する医師問題に対して、国を挙げて偏在対策を行っていますが、なかなかうまくいっていない現状があります。

これらに加えて、学校要因の1つ目としては「国家試験の合格率」があります。2024年の合格率は76.8%で未受験・不合格が1512人となりました。うち783人は新卒者です。翌年以降に再受験をして合格すればよいのですが、そのまま取得しないという事も想定され、今後20~30年後という中長期での検査技師の確保という面では見逃せない点です。また、学校要因の2つ目として「就職先の変動」があり、これは医療機関以外へ就職することを指しています。直近で東京都内の養成校卒業生の就職先を筆者が調べたところ、民間の学校では7~8割が医療機関、国立の学校では7~8割が大学院・企業となっており、全く異なる状況があります。この傾向については一概に何が良いとは言い切れませんが、少なくとも検査技師免許を取得した上でどのような進路を選ぶかという点が、変動が激しい時代を生き抜く学生個人の将来のためには重要でないかと思っています。そして、最後は「退学と個人・学校の意識」です。臨床検査技師のイメージを持たないまま学校に入る学生も少なくないため、職業としての魅力を感じる前にドロップアウトの判断をする学生や教育現場における技師ホルダーの将来性をしっかりと伝えることができていないケースも一部であるようです。
◆供給に応じた検査技師の必要性
このように医療の供給における検査技師数については、いくつかの懸念材料があります。また、要因によってはそもそも解決が難しいこともあります。例えば、地域要因である人口減少は、国ですら解決策を見いだせていません。一方で、地域要因の中でも養成校の有無に関連したものや、学校要因の中の就職先や個人・学校の意識という部分では技師会と養成校、そして自治体が協議の場を持ち、課題意識を共有することで新しい解決策につながる可能性があります。すでに養成校がない一部の地域では仕組みづくりに向けて検討を始めているようです。そして、学校要因における国家試験の合格率についても、最近ではAI(人工知能)を用いた試験対策ツールの開発が着手されています。
総じて、医療の供給は地域住民の安心につながる最も重要なものの一つです。そして臨床検査はエビデンスに基づいた現代医療の維持における根幹で、それをマネジメントするのが臨床検査技師です。20年後の自分たちの地域はどのような環境となるのか。上述したキーワードを基に一度、地域としての臨床検査体制を考えてみてはどうでしょうか。そして、未来からのバックキャストでやるべきことをリスト化することが今、求められています。
(MTJ本紙 2024年12月1日号に掲載したものです)
神戸 翼
PROFILE |慶應大学院で医療マネジメント学、早稲田大学院で政治・行政学を修め、企業、病院、研究機関勤務を経て現職。医療政策と医療経営を軸に活動中。