神戸 翼(永生総合研究所 所長/臨床検査技師)
今回のキーワード
●認知症基本法
●有病率と患者数の推計
●認知症の医療と介護
現在、日本では、高齢化に伴い認知症患者が増加し、介護離職やビジネスケアラー(仕事と介護の両立)の問題に繋がっています。経済産業省の試算では、2030年の経済損失額は約9兆円ともいわれ、認知症という疾患は本人だけの問題に限らず、家族をはじめとした周りの人たちや、経済状況にも影響を与える複雑な問題となっています。また、医療の視点で見れば根治が難しく共存していくべきものとして多面的な方策が求められています。今回はそんな認知症に対する施策を中心に考えてみたいと思います。
◆認知症基本法の成立と患者数推計
2024年1月1日、「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」が施行されました。理念には「認知症の人が尊厳を保持しつつ希望を持って暮らすことができるように」と掲げられ、関係者の想いが込められた時代に即した法律です。一方で、法律成立までには困難もあり、当初の自民党・公明党による議員立法は成立せず、超党派(政党を超えて)の議員立法として再提出されてようやく実現しました。
この法律は「基本法」、別名理念法とも言われるもので、具体的な規制を定めるものではなく、理念や基本方針などが示された土台となる法律と言えます。法律上に認知症という言葉を明記することで課題意識を高めて、国が制度として取り組んでいけるようにする側面があり、脳卒中や心臓病の基本法などもその例として挙げることができます。
今後、日本政府は総理を本部長とする認知症施策推進本部を中心に具体的な施策を進めていく予定です。また、この本部へ意見を述べる関係者会議が設置され、認知症の当事者や家族、学術関係者、医療関係者などが構成員となり、国の基本計画の案が作成される予定です。現在、この関係者会議が認知症施策の議論の最前線と言えます。
さて、5月8日開催の第2回会議では、九州大学の二宮利治教授の将来推計が、多くのメディアによって取り上げられました。2022~2023年の調査で、79歳未満では認知症有病率が10%に満たないところ、85歳以上で30%を超え、90歳以上では50%近くになると報告されました。また、有病率をもとに試算した将来推計では、認知症患者数は2045年に579.9万人、2060年には645.1万人となり、軽度認知障害(MCI)を加えると2060年には1277.3万人となります。これは、高齢者の約2.8人に1人が認知症または予備軍という驚くべき社会を示唆しています。一方で、2014~2015年の予測と比べ、認知症患者数は200万人ほど少なく推計されました。これについては、MCIから認知症への進行が減少したのではないかと考察があり、喫煙率の低下や生活習慣病の管理、健康意識の変化などが影響した可能性が言及されています。
◆認知症施策の中心は医療か介護か
認知症ケアというとスウェーデンのオムソーリケアやフランスのユマニチュードなど海外の取り組みが注目されますが、その多くは医療現場ではなく、福祉(介護)という領域で実践されています。一方、日本では、かつての老人病院、現在の慢性期病院や精神科病院などの長期療養施設の制度もあって、医療現場に求められる役割も大きいです。このように日本は、他の国とは少し違った背景を持って認知症施策が展開されています。
医療分野で言えば、認知症の鑑別診断や急性期治療、医療相談等を担う「認知症疾患医療センター」や、必要な医療や介護の導入と調整、自立生活サポートなどを行う「認知症初期集中支援チーム」が存在します。前者は認知症の専門医療が可能な病院や診療所が想定され、後者は地域包括支援センターが中心となり、地域包括支援センターについては医療法人等が委託運営することもあります。医師、保健師、看護師、リハビリ職などの医療従事者が地域での支援に関わっていますが、残念ながら臨床検査技師はほとんどいません。その他、医療従事者の認知症対応力向上も重要な施策の1つとされ、認知症サポート医の養成、かかりつけ医・歯科医師・薬剤師・看護職員の認知症対応力向上研修などがこれにあたります。
医療分野以外では、地域で認知症の方やその家族を支える活動が進められています。例えば、認知症サポーターの育成や認知症カフェの開設・運営サポート、認知症地域支援推進員による医療と介護をつなぐ役割などがあります。さらに、イギリスで提唱されスウェーデンでの取り組みを参考に日本でも広まっている認知症グループホームは、認知症対応型共同生活介護とも呼び、介護保険の適用です。認知症の方々が5~9人程度で共同生活をする「住まい」として、2022度には、日本全体で1万4千以上の事業所があり、認知症の方々を支える重要な場となっています。
こうした中、直近の介護報酬改定では、介護の場と医療機関との連携にインセンティブが設けられました。このことからも、医療従事者が医療機関外での活動にも積極的に関与する姿勢が求められていると考えられます。
◆臨床検査技師としての認知症分野への関わり
ますます増えていく認知症患者と人材不足解消の必要性、そして一連の認知症施策を踏まえると、臨床検査技師が認知症分野に関わっていくことは必然といえます。特に、これからは75歳以上や85歳以上といった認知症有病率が極めて高い層を中心とした医療へシフトしていくことからも分かります。日臨技が主催する認定認知症領域検査技師、日本認知症予防学会が主催する認知症予防専門臨床検査技師の役割は当然ながら大きく、その活躍が期待されます。一方で、この領域で臨床検査技師が社会的に認められるためには、より多くの臨床検査技師が認知症のことを理解するという数の視点も不可欠と言えます。
総じて、冒頭でも触れましたが、仕事と介護(認知症ケア)の両立という社会課題は職種に限定されません。そして、自分自身と家族の認知症予防は、健康な職業人ライフとその後の高齢者ライフ、はたまた家族とのお互いの安心に繋がります。その意味でも、まずは「認知症をもう少しだけ知ってみる」、そんな時期なのではないかと筆者も考えているところです。
(MTJ本紙 2024年9月1日号に掲載したものです)
神戸 翼
PROFILE |慶應大学院で医療マネジメント学、早稲田大学院で政治・行政学を修め、企業、病院、研究機関勤務を経て現職。医療政策と医療経営を軸に活動中。