野坂 大喜(弘前大学大学院保健学研究科/医学部保健学科、弘前大学情報連携統括本部情報基盤センター 兼任)
キーワード
生体センシング
画像解析支援
操作支援AI
前回は心電図検査でのAI技術の活用について解説しましたが、今回は超音波検査を取り上げたいと思います。超音波(US)検査は、非侵襲的な検査技術として健診から精密検査まで広く診断に活用され、疾患の早期発見や経過観察で重要な役割を果たしています。近年は超音波検査でもAI技術の研究が進み、診断精度の向上のみならず遠隔医療への応用化も検討されています。超音波検査におけるAI技術の動向と利用について解説します。
◆超音波検査領域におけるAI利用
超音波検査は非侵襲的かつリアルタイムな画像診断が可能なため、幅広い診療領域で活用されています。しかし、「活用範囲が広い」イコール「誰もが簡単に診断できること」を意味しているわけではありません。適切な診断を得るには、医師や臨床検査技師などが熟練した技術でプローブを操作し、自らの知識と経験に基づいて得られた画像を解析し、診断を行うことが不可欠です。もちろん検査室に導入されている装置によって画像の質も変わりますので、診断精度は医師や検査技師の経験に依存することとなり、読者の皆さんも日常業務で苦労されていることと思います。このような課題を解決するため、AI技術が超音波検査領域でも近年注目されています。
超音波画像の解析に使用されるAI技術もまた、これまで何度となく取り上げてきた畳み込みニューラルネットワーク(CNN)を用いた深層学習手法であり、特にU-NetやResNetといった画像認識に特化した学習構造(アーキテクチャ)が、腫瘍や臓器の認識(セグメンテーション)において優れた結果を示しています。ここで登場した「セグメンテーション」とは、画像内の各部分がどんな対象やカテゴリーに該当するのかを予測する作業(図)のことを指します。
U-Netは特に医療領域画像を対象としたセグメンテーションへの応用目的で、Olaf Ronnebergerらによって開発された技術であり、少数のデータセットでも優れた性能を発揮するのが特徴です。正答ラベルを付与できる大量の学習データを得にくいという、医療画像の特性に合致するよう生み出された手法ですので、U-Netを用いることで、超音波画像診断でも病変部分を自動的に抽出することを得意としています。2023年に発表された乳がんの超音波自動診断に関するAI研究では、U-Netを改良したAI技術が乳腺腫瘍の認識で94.8%以上の精度を達成したことが報告されています。本報告に限らず、ここ数年の間にU-Netを発展させた数々の新たなAI技術が登場しており、いずれも高精度な認識技術であることが明らかとなっています。超音波検査領域はAI技術の登場によって「活用範囲が広い」かつ「誰もが簡単に診断できる」ことを併せ持った革新的な診断技術へと生まれ変わろうとしています。
◆超音波画像解析支援におけるAI利用
ここまで述べてきた医療画像に特化した画像認識AI技術の登場によって、国内外の医療機器メーカーが開発している超音波診断装置も、ハードウエアの向上による高画質・高機能化からAIを活用した高度な画像解析の実現による診断機能の向上へと移り変わろうとしています。超音波画像AI解析支援をうたう機種が続々と臨床現場に登場していますので、読者の中にも既にAI支援型の超音波診断装置を使っている方もいるかもしれません。ここではいくつかの具体例を示していきたいと思います。
まず、AIによる超解像化技術(super-resolution imaging)です。これは従来の超音波画像の解像度を飛躍的に向上させる技術で、低解像度画像から高解像度画像を生成することで、腫瘍や血管の微細な構造まで鮮明に描写できます。ここにもCNNや生成的敵対ネットワーク(GAN)などの深層学習(DL)が活用されており、超音波画像への応用によって腫瘍の進行度評価や手術前の詳細な診断が容易になると期待されています。
また、自動解析支援技術としては、心臓超音波検査における心臓の形態や機能を自動的に評価するAI技術などが開発されています。心臓エコー画像を解析して左心室駆出率(LVEF)を正確に予測できるAIモデルが代表例であり、手動計測に比べて迅速かつ精度の高い診断であることが報告されています。このようなAIベースの解析技術が搭載された超音波診断装置としてはPhilips社のHeartModel A.I.などすでに数多くの技術が臨床応用化に至っており、検証評価の結果も非常に高い精度であることが専門学会や論文において報告されています。今後も心臓領域だけでなく、腹部領域や健診業務など広い領域で従来の手動計測からAIによる自動計測へと置き換える超音波画像解析支援技術が登場する可能性が高いです。専門知識や経験値がまだ少ない医師や検査技師でも、AIが補助することで、計測精度や診断精度の向上が期待されます。
※次回(1月23日木曜日配信予定)の臨床検査室におけるAI利用~生理検査分野における展開3~では、「生体センシング、画像解析支援、操作支援AI」などについて解説する予定です。
野坂 大喜
PROFILE |大学病院勤務を経て現職。医用工学・情報科学を専門とし、病理画像診断システムの開発に携わる。大学発ベンチャー取締役の企業経験も有し、現在は医療AI技術や医療VRの研究を進めると共に、AI社会における言語技術教育に取り組んでいる。