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〈第11回〉生理検査分野における展開① 臨床検査室におけるAI利用(4)


野坂 大喜(弘前大学大学院保健学研究科/医学部保健学科、弘前大学情報連携統括本部情報基盤センター 兼任)

 
キーワード
生体センシング
波形解析支援AI
 
 これまでの連載では、検体検査分野でのAI活用を解説してきましたが、今回は生理検査の分野に話題を移します。心電図(ECG)検査は、心疾患の早期発見や診断で重要な役割を果たしますが、近年は心電図検査にもAI技術の導入が始まっています。診断精度の向上やリスク予測の自動化、さらには遠隔医療での活用も進んでいます。今回は、心電図検査でのAIの具体的な利用とその利点について解説したいと思います。

◆これまでの心電図波形自動解析技術の課題

 従来の心電図波形自動解析技術は、心電図波形の分類や標準化を目的とした国際的な分類システムである「ミネソタコード」を利用しているのが特徴です。心電図の各波形の異常を詳細にコード化することで所見を体系的に表現し、医療現場での心疾患の診断や疫学研究で広く使用されてきました。ただ、ミネソタコードは規則的な分類システムに基づくがゆえに、すべての患者に対して一律の基準が適用され、個々の患者に対する柔軟な解析が難しいこと、異常波形が複雑なケースではコードが適切に対応しきれないこと、時間経過とともに波形が変化するような動的変化への対応には限界があるといった課題がありました。

 そのため、心電図波形の判定で自動解析結果を参考にすることはできても、臨床的な解釈のためには専門的な知識と経験が不可欠であり、読者である臨床検査技師の皆様は日々の検査を通じてスキルアップを図っているのではないかと思っています。

◆AI開発各社が進める生体センシング技術

 近年、電気生理検査分野では医療機器メーカーだけでなくAI技術開発企業の参入が始まっています。これには医療AIの開発上の要件であるビッグデータの収集が比較的容易であることも関わっていると考えられます。第1回目で簡単に触れましたがビッグデータの特徴としてVolume(量)、Variety(多様性)、Velocity(速度)が挙げられます。生体センシングに使用される光学デバイスや電気測定デバイスは、半導体技術の向上に伴って小型・高精度化され、時計や指輪など私たちが普段身につける持ち物にこれら半導体センサーを取り付けることで、これら3要素をすべて満たした生体データ収集ができるのが強みです。このため、われわれが生理検査室で収集した患者データやこれらの生体センシングによって得たビッグデータを用いてAIを生成し、生体リアルタイムモニタリング技術として活用する取り組みが進んでいます。

 代表例がGoogleのAI研究部門で開発されている深層学習モデルです。大量の心電図データをAIに学習させ不整脈、特に心房細動のパターンを自動的に検出する技術を実現しており、従来の解析方法よりも迅速かつ正確に異常を発見できることが報告されています。また、AIは単に現在の心電図異常を発見するだけでなく、将来的なリスクを予測することも可能です。

 米国Mayo Clinicでは、「無症候性左心室機能障害に対する人工知能対応心電図スクリーニング」の研究を行っており、畳み込みニューラルネットワーク(CNN)を用いた心電図解析により無症状の患者でも心不全リスクを事前に特定するAI予測技術を発表しています。この技術は心電図波形に含まれる微妙な変化を検知し、従来の診断法では見逃される可能性のあるリスクを予測するものですが、検証の結果、感度・特異度・精度はそれぞれ85%、86%、86%と優れた予測技術であることが明らかになっています。

 国内でもこのようなAI技術開発が続々と実用化に至っており、代表例に心房細動リスクを推定するAI解析モデルを搭載した心電計(フクダ電子)などがあります。従来の波形自動解析技術では、時間経過とともに波形が変化するような動的変化への対応は困難でした。AI技術により、これが解決されたといえるでしょう(図1)。

図1:心電図検査におけるAI利用

◆心電図波形解析支援AIからマルチモーダルAIへ

 ここまで心電図解析における近年のAI技術開発の動向を紹介してきましたが、今後はどのような技術開発が進んでいくのでしょうか? 最新の研究では、AI技術を活用して心電図データと遺伝子情報や画像診断データなど他の医療データを統合する取り組みが注目されています。このアプローチによって、精密で個別化された診断が可能となり、治療方針の提案にも反映されるようになると考えられています。このような多次元な患者データを活用したAIは、従来の単一データを使用した診断方法に比べ、患者一人一人の特性を考慮した柔軟な解析を可能とし、がん治療のように精度の高い個別化医療の提供を実現することが期待されています(図2)。

図2:心疾患リスク解析の将来イメージ
 今回紹介したAI技術は、心電図検査の効率と精度を向上させ、早期診断や個別化医療の推進に寄与していくものと考えられます。一方、AIモデルが検出している特徴は可視化が困難であり、従来の波形判定で行ってきたような専門的な知識や経験との統合をどのように進め臨床的な解釈を得るかは今後の課題でもあります。

 
※次回(12月26日木曜日配信予定)の臨床検査室におけるAI利用~生理検査分野における展開2~では、「生体センシング、画像解析支援、操作支援AI」などを解説する予定です。
 

野坂 大喜

PROFILE 大学病院勤務を経て現職。医用工学・情報科学を専門とし、病理画像診断システムの開発に携わる。大学発ベンチャー取締役の企業経験も有し、現在は医療AI技術や医療VRの研究を進めると共に、AI社会における言語技術教育に取り組んでいる。


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