top of page

〈第10回〉細菌検査分野における展開 臨床検査室におけるAI利用(3)


野坂 大喜(弘前大学大学院保健学研究科/医学部保健学科、弘前大学情報連携統括本部情報基盤センター 兼任)

 
キーワード
菌種同定支援
創薬支援
 
 2024年のノーベル賞受賞者が発表されました。物理学賞と化学賞はともに人工知能(AI)技術に関わる受賞で、AI技術が今後の研究開発を左右することが示されました。前回は医療におけるAIの先駆けとして病理検査AIの進展について述べましたが、細菌検査領域における新技術開発もAIが鍵となっています。今回は、細菌検査におけるAI技術の最新動向を紹介します。
◆AI技術による菌種同定支援

 細菌検査における初期の自動化技術は、生化学的性状検査結果に基づく菌種同定アルゴリズムや培養ボトル内のCO2量の測定などによる血液培養システムの自動化が代表的な技術です。ロボット技術と画像処理技術の融合によって経時的な自動モニタリングが可能となったことで、従来の臨床検査技師の手動による培養作業や同定作業の大部分が自動化され、現在も自動微生物同定技術として多くの臨床検査室で運用されています。

 また、2000年代に入るとノーベル化学賞を受賞した田中耕一氏らが開発した質量分析技術(MALDI-TOF MS)が導入されたことで、細菌の迅速かつ正確な同定が可能になりました。この技術は細菌のタンパク質を分析し、データベースと比較して細菌を識別するものであり、細菌検査技術の大きな転換点となっています。このように過去30年間で大きな自動化の進展があった分野ですので、これ以上の自動化やAI技術による改善の余地はないのではないかと思われますが、細菌検査におけるAIは“予測技術”として研究開発が進められています。

 これまで本稿では主に深層学習による画像解析AI技術を取り上げてきましたが、深層学習の対象は画像データに限られている訳ではありません。生化学検査などで得られた数値データに対しても疾患やカテゴリー分類などラベルを付与して深層学習を行うことで、予測AIモデルを作成することも可能です。従来の機械学習でも自動判定や予測モデルの作成は行われてきましたが、大量の数値データを学習データとして準備できる場合は、深層学習法を用いることで簡単にAIモデルを作成することができます。

 細菌検査における予測技術としてのAI利用は、特に細菌検査の長年の課題であった迅速化を目的としています。海外ではイタリアのAlifax社やイギリスのMast GroupなどがAIによって尿中の細菌を同定し抗菌薬効果を迅速に解析する装置を開発していますが、これらは尿検体を専用に開発された液状培地や試薬に接種し、測光技術とAI技術とを融合した技術でモニタリングします。そして測光で得られた数値データを基にAIは予測される培養結果や感受性結果を数時間で提供します。

 一方、血球認識や腫瘍認識でもご紹介した畳み込みニューラルネットワーク(CNN)を用いた画像自動解析の研究も進められ、顕微鏡観察における形態鑑別AI技術や細菌コロニー鑑別AI技術の開発が行われています()。国内の事例としてGramEye社はグラム染色検査の顕微鏡画像をAIに読み込ませ、細菌の陽性・陰性判定や形態的特徴を識別するAIモデルを組み込んだ自動染色分析装置を開発しています。このように細菌検査では自動化がほぼ達成化されていますので、次のフェーズとしてAI予測によって時間短縮化を図ろうという取り組みが進められていくことでしょう。
◆抗菌薬感受性試験とAIの融合による創薬支援

 抗菌薬感受性試験にもAIの導入が始まっています。抗菌薬感受性試験は細菌株が特定の抗菌薬に対してどの程度感受性があるかを評価するものですが、画像や測光データの解析をAIが行うことで、感受性の判定がより迅速かつ正確に行われるようになっています。AIが感受性試験結果を分析し、適切な治療薬を提案するシステムも研究開発されています。また、細菌のゲノムデータからは薬剤耐性に関連する遺伝子や変異を特定できますので、これら2つのデータに対して前回ご紹介したマルチモーダルAI技術による解析を行うことで、特定の遺伝子変異が薬剤耐性にどのように関与しているかを理解し、新しい抗菌薬のターゲットを発見することが可能です()。これがマルチモーダルAI創薬支援技術です。新しい抗菌薬の発見だけでなく、既存薬の最適な使用方法を提案することも可能で、感染症治療での個別化医療を進展させる可能性があります。この技術がさらに進化することで、抗菌薬耐性問題の解決にも臨床検査技師は大きく貢献できると考えられます。


 細菌検査分野におけるAI技術の活用は、培養時間という長年の課題を克服する取り組みであり、診断の迅速化や正確性の向上が期待されます。また、インフルエンザ診断においてはアイリス社がAI咽頭画像診断技術を開発し、感度76%を達成するなど迅速抗原検出技術からの移行も実現しています。細菌検査領域では、光学的技術や遺伝子技術とのハイブリッド化、統合したデータ解析をAI技術で行うことで、新たな医療技術が創出されていくことが期待されます。

 
※次回(11月21日木曜日配信予定)の臨床検査室におけるAI利用~生理検査分野における展開~では、「生体センシング、マルチモーダル解析、仮想現実技術」などを解説する予定です。
 

野坂 大喜

PROFILE 大学病院勤務を経て現職。医用工学・情報科学を専門とし、病理画像診断システムの開発に携わる。大学発ベンチャー取締役の企業経験も有し、現在は医療AI技術や医療VRの研究を進めると共に、AI社会における言語技術教育に取り組んでいる。


その他の最新記事

bottom of page